EQ COLLEGEコラム⑤
トランプ2.0×感情
本年最初の世界的なビッグイベントといえば、1月20日に行われるアメリカ大統領就任式だ。132年ぶりに返り咲きを果たしたドナルド・トランプによる「トランプ2.0」の開幕である。これによって改めて注目を浴びている言葉がある。
「ポスト真実(post- truth)」
「公共の意見を形成する際に、客観的な事実よりも感情や個人的な信念に訴える方が影響力のある状況」と定義され、トランプが初当選しイギリスではEU離脱選挙が行われた2016年に広まった。大統領職・上下院で多数派となったことによって「ポスト真実」は、これまで以上の猛威を振るうことになる。
ではなぜ「トランプ2.0」は起こっているのか。その底流にあるものをリアルに解き明かす一冊の本がある。その本の名は「ヒルビリー・エレジー」。
ヒルビリーとは「田舎者」の意味。Rust Belt(錆びた地帯)と呼ばれるアメリカの中西部地域にあるオハイオ州・ミドルタウンという町に生まれた著者の物語が一人称で語られる。Rust Beltは、皮肉なことに“激戦区”として大統領選挙の勝敗を決定づけるキャステイングボードを握るエリアとなり、トランプを再選に導き、同書の著者=J・D・ヴァンスはトランプから副大統領に指名された。そこにはこういう一節があり、「トランプ2.0」がアメリカ社会を覆う根深い歴史と現実によって生み出されたものだということがよくわかる。
短期的な不況よりも問題なのは、すでに“信仰”に近いものになっていたニヒリズムがミドルタウンの町全体に広がっていたことだ。
だが、ここに書かれている内容は我々とは無関係ではない。昨年、日本でいくつかの自治体の首長選挙を動かしたものは、まぎれもなく「ポスト真実」だった。あるいは「無敵の人」と呼ばれるニヒリズムが日本の社会や職場に広がりつつある。
心理学者のフロイトは、第一次世界大戦後にアインシュタインとの往復書簡集「ひとはなぜ戦争をするのか」の中で、人の心には平和を求める“生の欲動”と破壊を求める“死の欲動”の2つがあると説いた。
誰の心にも“死の情動”があるように、誰の中にも“トランプ2.0”的ニヒリズムが忍び寄る可能性がある。陰謀論やフェイクニュースに惑わされないために“メディア・リテラシー(メディアを主体的に読み解く力)”が必要となるように、私たちには「ポスト真実」に陥らず感情を正しく扱う“感情リテラシー”が、いよいよ必要になっていくだろう。