EQ COLLEGEコラム14
ことば×感情

私が企業人事部門にいた時、55歳になった社員に対して主に金銭面から将来の生活設計についてレクチャーする「ライフプランセミナー」が開催された。その冒頭でセミナーの趣旨を説明する人事部門の社員は、こう言った。

「5年後には定年が来てしまいます。備えをしなければなりません」

当然、会場の空気はよどんだものになった。なぜ、そういう言い方をするのだろう?例えば、「定年が来ても、皆さんの人生は続きます。今後の人生をより良いものにするために、一緒に考えましょう」と言えば、少しは聞く側の気持ちも違ったものになるのに・・。

ことばひとつで、感情は前向きにも後ろ向きにもなる。

今や電話よりもメールやSNSでのコミュニケーションの頻度が高くなっている。この場合、時間帯には気を配った方が良い。夜は感情が高ぶり文面も過激になる傾向がある。夜がふけるほど、言葉ひとつで関係性が壊れる危険性は高まる。

話されている言葉が、正確に感情を表現しているとは限らない。

あなたが看護士になったと仮定する。患者さんから「お腹が痛いんです」と言われたら、あなたなら、どう答えるだろうか?

A 「ドクターを呼んできます!」

B 「どこが痛いんですか?」

C 「お腹が痛いんですね?」

これは実際に看護学校の授業で扱われたケースだ。
Aは間違いなくNG。Bは、ほぼ正解。間違いなく正解はCになる。

人は無意識的に言葉を発していることが多い。とっさに「お腹が痛い」と言ったけれど、 よく自分の感覚に敏感になると、お腹だけではなく複数個所かもしれない。こうしたケースに限らず、まず相手の感情(意図)をわかっていることを確認する(=これを「伝え返し」と言う)ことで、互いの感情のすれ違いを防ぐことができる。言われた言葉ではなく「言わんとすること(感情)」を聴こうとすることが大事なのだ。

「沈黙」も言葉のひとつと言える。一言で、沈黙と言っても、そうなる理由はさまざまだ。
相手の言っている意味が理解できない。理解できているが、どう応答して良いか考えている。 相手と話したくない無言の意思表示。あるいは、緊張して言葉が出ない・・・。

大事なことは、話し相手が沈黙した時、そこにどのような感情が流れているのかを推し量ることだ。
それは、空気を読む(時には読み過ぎる)日本人が、本来得意とするところではないだろうか。

状態や感情を表現する、「どきどき」「わくわく」「そわそわ」といったオノマトペの種類は、 日本が世界で最も多いと言われている。

言葉と感情の関係性に対する感性がどの国よりも鋭いのは、日本人かもしれない。
それは誇って良いことではないだろうか。

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ジャパンラーニング執行役員 キャリアコーチ教育担当 酒井 章
1984年、電通入社。 クリエイティブ部門、営業部門を経て、2004年からのアジア統括会社(シンガポール)赴任時にアジアネットワークの企業内大学を設立。 帰任後は人事部門でキャリア施策開発に携わる一方、東京汐留エリアの企業・行政越境コンソーシアムを立ち上げる。 2019年4月に独立し、(株)クリエイティブ・ジャーニー設立。アルムナイ研究所をはじめ、さまざまな“越境”の取り組みに携わっている。
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