EQ COLLEGEコラム31
働く× 感情
「感情労働」という言葉をご存じだろうか?
1983年に社会学者のアーリー・ホックシールドが提唱した、肉体労働・知識労働に続くとされる概念で「お客様の満足のために働き手が感情をコントロールすることが、その仕事の絶対条件になっている仕事」と定義される。
私は、日本で感情労働にいち早く着目された関谷大輝さん(東京成徳大学 准教授)の著書「あなたの仕事、感情労働ですよね?」(2016年)を通じて知り、衝撃を受けたのを憶えている。
感情労働は、「表層演技」と「深層演技」の2つに大別される。
「表層演技」は、本音と建前が分かれて、建前を適切につくり込むのに対し、「深層演技」は、本音と建前が一体化してしまう、という特徴がある。
前者がコンビニエンスストアの店員であれば、後者はエアラインのCAや病院の看護士のような仕事がそれに当たるだろう。
いずれにしても、今やすべての仕事が何らかのかたちで「感情労働」になっていると言っても良いかもしれない。
さて、関谷さんの著書が世に出てから10年。
働き手を取り巻く環境は激変した。2020年の新型コロナ感染拡大を契機としてリモートワークや地方との2拠点生活といった勤務形態は常態化し、SNSの浸透などによって仕事とプライベートの境目はますます無くなりつつある。
さらに、近年の生成AIの進化が変化に拍車をかけている。

先だって、改めて関谷さんに「感情労働の現在地」についてお話をお聞きする機会があったが、現在は“分岐点”だと話された。
その際にご紹介くださったのが「感情資本主義」という概念。
こちらも社会学者のエヴァ・イルーズが2007年頃に提唱した、感情がモノ同様に価値を生む資本だとする考え方だ。
ホックシールドが感情労働の発生する場所を職場に限定したのに対し、イルーズは職場に限らず24時間365日起きている、とした。
いま、我々の誰もがこの感情資本主義の中に組み込まれているのかもしれない。
そして、関谷さんからのもうひとつのキーワードは「葛藤」だった。
生成AIの、公私を問わないあらゆる場面への浸透によって、丁寧にコミュニケーションを大事にするベテラン層と、タイパを重視する若手の間の葛藤が生まれている。
あるいは、生成AIに聞けばすぐにわかるかもしれない内容を長い時間をかけて伝えることの意味が教育の現場でも問われている、という葛藤が生まれているようだ。
さらに「そもそもAIに感情はあるのだろうか」という葛藤を人間は感じ始めている。
それは、同時に「では、人間の感情とは何か」 「AIの時代の人間の役割とは」という問いも突き付ける。
感情労働、そして感情そのものがいま、重要な分岐点に差し掛かっている。

