EQ COLLEGEコラム38
ナラティブ × 感情
「ナラティブ」という言葉をご存じだろうか?心理学、医療、キャリア開発、組織開発、地域活性、デザイン、マーケティングなど、さまざまな分野で重要な概念となっている。
「物語」と訳されることがあるが、単なる物語ではなく「人が自分や世界に意味を与えるために語るストーリー」と言った方が正確かもしれない。ナラティブでは「語り」と「意味づけ」がキーポイントになる。
このナラティブの概念を活かした支援の在り方が「ナラティブ・アプローチ」。
人の語りを通じて、その人の意味世界を理解し、新しい物語を共につくっていく方法ということになる。それは、あらかじめ決められたストーリーではなく、別のバージョンの物語=「オルタナティブ・ストーリー」を語り直すことだ。
その代表的な進め方は以下のようになる。
1. 相手の語りを丁寧に聴く。
2. 出来事だけではなく意味を理解する。
3. 問題を本人から切り離して考える(脱構築)
4. 別の見方を一緒に探す(共構築)
5. 新しい物語を本人自身が語る(再構築)
このナラティブ・アプローチと密接に関わっているのが、アメリカの社会心理学者ケネス・ガーゲンが提唱した「社会構成主義」という理論。
私たちが「現実」や「真実」と呼ぶものは客観的な事実ではなく、人々の間の関係性や言語を通じた対話によって作り上げられる、と定義される。

既に述べたように、この社会構成主義の概念とナラティブ・アプローチはさまざまな領域で導入されているが、代表的なものはキャリア領域におけるマーク・サビカス(アメリカの心理学者)の手法だ。
サビカスは「キャリアとは職業選択ではなく、人生の意味をつくる物語である」という考えに基づき理論を体系化したが、興味深いのは、彼が開発した「キャリア・ストーリー・インタビュー」という手法。人生の物語を引き出すために以下のような5つの問いを投げかける。
1. 子供の頃の憧れ(子供の頃、どんな人に憧れていましたか?
2. 好きな雑誌・番組(最近よく見るメディアは何ですか?)
現在ではSNSが代表的なものになるだろう。
3. 好きな本・映画・物語(心に残っている物語はありますか?)
4. 好きな言葉・座右の銘(大切にしている言葉は何ですか?)
5. 最近の悩み(今、どんなことに悩んでいますか?)
サビカスは、上記の質問を通じて、人生を通して一貫するテーマ(Life Theme)が現れると考えた。
だが、ナラティブ・アプローチの「語り」は、必ずしも言葉とは限らない。私が好きな、ある医療現場でのエピソードがある。
医師やベテラン看護師がいくら説得しても、手術を嫌がって聞き入れようとしない患者がいた。ところが、ある若い看護婦が黙ってその患者の足を洗った。すると翌日、患者は手術を受け容れることを承諾した、という。
つまり、言葉で説得するのではなく感情に寄り添った行為が患者の心を動かしたのだ。
このようにナラティブ・アプローチでは、感情は人生の物語を構成する重要な要素となる。
たとえば就活も、感情に寄り添うこのアプローチを取り入れることによって、人を選択する・されるプロセスではなく、人や企業が共につくる物語になっていくのではないだろうか。
ナラティブ・アプローチは、人と組織の関係性を変える可能性を秘めているのだ。


