シリーズ「有識者」に聞く① いまこそ、感情労働には「EQ健康診断」が必要かもしれない -東京成徳大学 関谷大輝先生

「感情労働」をご存じですか?
産業構造の変化に留まらず、新型コロナの影響などから「仕事上の必要に応じて、自分の感情をコントロールしなければ務まらない仕事」である感情労働への関心が高まっています。この感情労働研究の第一人者である東京成徳大学・関谷大輝先生に、「いま、感情労働について考える意味」「感情労働とEQが拓く可能性」について、お話をお聞きしました。
話し手のご紹介

 東京成徳大学
 応用心理学部 関谷大輝先生
Q:まず関谷先生のキャリアと、現在のお仕事についてお話いただいてよろしいでしょうか?
関谷:大学を出て最初のキャリアは、公務員として福祉関係の専門職をしていました。具体的には、福祉事務所で生活保護担当としてケースワーカーと言われる支援者の役割をした後、児童相談所で児童福祉司として、対人支援の業務をずっとやっていました。
そのかたわら、筑波大学の大学院で社会人の修士課程を修了し、ドクターの学位も取ったことで本格的に研究者の道に進み、東京成徳大学でちょうど10年目を迎えています。大学では、当初福祉と心理のハイブリッドな学科に務めた後、現在は人の心身の健康を扱う応用心理学部健康・スポーツ心理学で心理学方面の担当を主にしています。

Q: 感情労働というものに関心を持たれたきっかけはどのようなものだったんでしょうか?
関谷:これが本当にたまたまなんです。修士の研究テーマに迷っていまして、生活保護の担当だったことから生活保護を受給するに至った方のモチベーションや人生観などを扱いたかったのですが、そもそもデータを取れる保証もないなどの壁に突き当たりました。 悩んでいた時に感情労働の論文を読む機会があって、その面白さに引き込まれました。被支援者ではなく支援者側の立場から見ることができるかもしれない、という発想の転換をしました。

Q:その論文に出会われたことで段々と研究を深められていったわけですね?
関谷:自分の中では感情労働って何かキャッチーな響きだなと思ったことがひとつです(笑)。加えて、先行研究がそれほどなかったんです。領域として国内ではほとんど手つかずの状態で入れて、概念を見れば見るほど自分にとっても無視できないと思いましたし、対人支援などのサービス職の人にとって、本当に課題になってくるトピックだと感じました。なので、これは突き詰める価値がある、「感情労働が専門です」と言えるようになりたいと思うようになりました。

Q:「自分にとって無視できない」とは、どのような意味でしょうか?
関谷:当時、生活保護の担当者として仕事をしていると「自分の感情をもて余す」ということがすごく多かったんです。同僚とか仲間内も、裏では怒りを出していたり、愚痴を言ったりしていました。でもそれはお客様の前では出せないし・・・・という現場の実態との密接さを感じた、ということです。

Q:そのような実体験をもとに研究を深められて2016年に「あなたの仕事、感情労働ですよね」(花伝社)を出版されたわけですが、その出版のきっかけはどのようなものだったんでしょうか?
関谷:出版社の方から「感情労働でぜひ本を書いてほしい、大事なテーマだと思うので」というご連絡を頂いたのがきっかけです。基本的には自分の論文を一般向けに書き直した位置づけを取っています。アカデミックな価値はおそらく下がるのでしょうが、自分としてはそれでも全然いいと思いました。一般の方でも親しみが持てるような形でまとめた、という本です。

amazon.co.jp/あなたの仕事、感情労働ですよね? -関谷大輝

Q:「感情労働は大事なテーマ」という出版社側の視点は、どのようなものだったんでしょうか?
関谷:編集の方が関心を持たれたのは、感情労働は社会的にすごく重要である一方、ちゃんと根拠のある形でのアプローチや心理学という立場から知ることができる本はない、という点でした。ある意味、好きに書いてください、という感じでした。

Q:本の中では、感情労働をどのように定義されていらっしゃいますか?
関谷:感情労働は、基本的にはあくまでも仕事として、その職業的な役割の一環として、自分の感情をコントロールして、自分の仕事に活用していくもの。そこには必ず相手がいて、相手の気持ちや意欲などに狙った影響を与えていく、そこが感情労働では必要な要素、と定義しました。

Q:本では、感情労働というものやその必要性についてわかりやすく解き明かされていますが、関谷先生自身はこの本をどのような人に読んで欲しいと思われましたか?
関谷:感情労働と言われるものに関連している、実際携わっている人で、その言葉をまだ知らない人たち、そういう皆様へ届けたい、という認識を持っていました。

Q:日本の産業構造も第三次産業が中心 になってきた中で、ほとんどの仕事が今、感情労働になってきたと思います。日本人や日本の社会における感情労働の特徴とはどのようなものでしょうか?
関谷:私の知る限り、海外の色々な国と比較して、日本が一番丁寧ですね、全てにおいて。公共交通機関、飲食店、スーパーのレジも、コンビニの対応も丁寧。そこに尽きる気がします。

Q:本を出された当時(2016年)の反響はどのようなものでしたか?
関谷:多くの方から「読んだよ」という声をかけて頂いたり、学会関係の書籍紹介で載せて頂いたりしました。また、最後のプロフィールに私の連絡先を掲載したことで、読んですごく救われたとか、研修に来て欲しい、話を直接聞かせてほしい、という要望も頂きました。そうした経験から、響く人に響いてよかった、という実感を持ちました。

Q:出版された後、新型コロナが起こって、エッセンシャルワーカーや飲食をはじめとして感情労働の意味合いや重要性が増していると思います。今の、感情労働について学ぶことの意味はどのようにお考えですか?
関谷:実は、ちょっと迷い始めています。1-2年前ぐらいまでは結構能天気に、感情労働はやっぱりすごく重要で必要とされる、特にAI化が進んでいく中でも残る仕事と言われる中で臨機応変さが求められる感情労働系の仕事の重要性は増す、と思っていました。
ところがコロナによって「接客はなくても良くない?」という声が増えているような気がします。例えばコンビニやスーパーではセルフレジが増えていますし、電車もワンマンで車掌さんがいないなど、全てが自動化されてきていて、Amazonなどを使って好きなものが手に入るし。自動化でも対応できてしまうような「単純感情労働」みたいなもののニーズや価値は将来的に下がっていくのかもしれないと最近思い始めました。その一方で、プロフェッショナルで専門的な高度感情労働はもっともっと深まっていったり本質的になっていったりするのかな、と思うようになっています。

Q:いま仰ったあたりが、先生の今後の研究テーマになりつあるんでしょうか?
関谷:はい、そうです。去年あたりから少しずつカウンセラーのインタビューの研究をやっていますが、やはり感情労働は大事です。「演じ方」には個人差もありますし、職種によって合う合わないもあると思います。肉体労働に腕や足腰の筋力が必要なように、感情労働にも職種とか特徴・特性によってフィットする演技がありそうだな、ということを先行研究とも照らし合わせながら考えはじめているところです。
これまでの研究だと、単純に「こういう演技の仕方の感情労働がいいんだ」という単一路線だったのですが、ケースバイケースで出せるのではないか、と思っています。つまり、「鍛える感情」のようなことが場合によっては変わってくる、という点に関心を持っています。
Q:感情労働の対象者は、対顧客や消費者に限った世界だけではなくて組織内に於ける対人関係において感情を管理して適切に扱う部分もカバーされていますか?
関谷:はい。おそらく感情労働が生まれたときは対顧客だけだったはずですが、研究が広がってくると、必ずしも感情労働の相手は顧客だけではない、という話になっています。中でも管理職・マネジメントにおける感情労働の功罪が先行研究でもかなり扱われています。あるいは、家庭内の感情労働の研究もあります。そういった領域にも応用できるだろうと考えています。
Q:ありがとうございます。マネージャー層における感情労働という概念を適用して考えるときに、コロナによって上司と部下の関係であってもWebでのやり取りでしか会話をしないなど、感情面での人と人との繋がり方、新しいやり方を個人個人が考えないと難しくなってきています。例えばリモートワークにおける感情労働については、いかがでしょうか?
関谷:はい。大学の授業がまさにそうですね。オンラインの便利さがある反面、結局デジタルで「オンとオフ」なんですね。対面で実際リアルに会場でやるとしたら「どうもこんにちは、最近どう?」から始まるわけですよね。会議が始まっても隣にいる人同士で、ちょっこっと話をしたりとか。でもオンラインではそれができません。終わった後も「これで授業終わりです」ってブツッて切って終わったら1人です。教室だったら授業が終わった後のコミュニケーションがあります。それがないんですよ。 だからオンライン環境による感情のやり取りの変質や、結局はコミュニケーション全体に及ぼす影響はすごく大きいと思っています。会議やコミュニケーションの最中よりも、それに付随する挨拶や雑談、ちょっとした声かけといったグレーゾーンみたいなところの意義は分析する価値があるだろうと思っています。

Q:では「EQと感情労働」の話に移りたいと思います。感情労働の見地から、EQの重要性はどのように感じていらっしゃいますか?
関谷:先行研究でも感情労働とEQの繋がりは言われていますし、EQが高いことで、打たれ強くなる、感情労働のストレスも緩和される、という話もあります。なので、やはり感情労働においてEQは高いに越したことはない、ということで間違いないと思っています。それを多角的な側面や、個別の因子から仔細に見ることも大事ですが、トータルで見たときに総合的なEQの高さというのは、色々な意味での余裕やバッファに繋がると思います。たとえば肉体労働と同様に、EQという体力や筋力があればあるに越したことはない、余裕ができるよね、ということなのだと思います。

Q:実際今回、EQを受けていただきましたが、結果はいかがだったでしょうか?
関谷:はい、これはですねえ・・・「やはり、そうだよね」っていう結果が出てきて(笑) というのは、ゴリっと偏差値低めで出てきた項目がいくつかあるんです。それはもう本当に自覚があって。そういう意味では(EQは)「状態」の要素が強いと思いました。 ここのところ卒論指導などでスケジュールもパツパツで、ちょっと疲れも溜まっていて、ストレスも多分高いですし、他の人を構っている余裕もないというか、そういうピンチの状態なんです。できるだけ事実に忠実にと意識をしながら回答をしていったのですが、他の人に関わらないみたいな部分とか、なるほど見事に出るなと。とても妥当性の高いアセスメントだと感じました。

Q:結果を客観的にご覧になって、EQの意味や可能性はどのように感じられましたか?
関谷:そのときの置かれているコンディションとか、もっと細かく言うとそのときの機嫌とか、ここ数日間の体調などによっても上下しているものだという感じがしました。たとえば「EQ健康診断」のような形で、結果が出た後にうまく使うと、最近の自分の生活の状況、ストレスや置かれているシチュエーションなどのリフレクションになるという可能性をすごく感じました。

Q:EQによって自分の状態に自覚的になることで、感情労働にどのように貢献すると思われますか?
関谷:例えば今の自分で言うと、面倒なことに巻き込まれたくないとか、必要以外のところで他の人に介入していかない、余力がないみたいなところを理解したわけです。でも、だからといって今、自分はEQのここのスコアが低いから、無理に明日から頑張って人に優しくして、他の人の話をたくさん聞いて、もめ事の仲裁をして、頑張ります、というのが適応的かと言ったら、絶対そんなことはないですよね。それはやめといた方がいいと思う。
だから、自分が置かれている状況でEQスコアとその背景がわかれば、無理しない方がいいな、という方向性も立てられる。今スコアが下がっているのにも理由があるし、感情があまり痛まないように無理しないという方向性もアリじゃないですか。胃が痛いから、胃を丈夫にするために、よーし今日は天ぷらだって人もあまりいない。「自分の感情やEQが下がっているとわかったときに、無理に上げようとしないこと」がポイントかもしれませんね。

そして、何回も受けていくと、多分自分の平均ラインが見えてくると思うんです。すると、ここは本質的に低いんだとか、一時的だったんだとかいろいろ見えてくる。それを感情労働の仕事の対応のときにも、ちょっと頑張ってみるとか、逆に無理しないとか、苦手なシチュエーションだからちょっと要注意だなとか・・・そういったところにも活用できるのかなと思いました。

Q:EQを高めて感情がコントロールできるようになれば、セルフマネジメントが効いて仕事上のパフォーマンスも高まるのは確かですが、その反面、感情をコントロールしきれていない部分も人間らしさや魅力を感じることもあると思います。EQや感情労働と、人間的な魅力の関係性についてはいかがでしょうか?
関谷:一般的にはEQが高い方がその人の魅力も高い傾向はある、と言われることが多いですよね。ただ、何か本音の部分が見える魅力というのも、確かにあると思います。全部よそ行きみたいにしてしまうのがはたして魅力的なのか、みたいな感じでしょうか。感情労働でも、ある意味パーフェクトな接客、たとえば慇懃無礼な接客って、やろうと思えば多分できるんですよね。表情を捉えて、所作とか仕草とか言葉遣いを練習すれば、慇懃な、すごく丁寧な、嫌な印象を与えないように、作られた接客みたいな感情労働もできるんですけど、確かにそれは何の魅力もないですよね。型にはめていくと駄目なのでしょうね。
そもそも感情自体がすごくファジーなものでもあるわけで。矛盾しているかもしれませんが、高い方がいいと言いつつ、別に高くないから駄目っていうわけでもないというか、バランスやTPOが重要なのかもしれませんね。とはいえ、それを判断できることにもEQは絡んでくるはずなので、やはりEQが大事という話になるのかもしれません。

Q:それでは最後に。EQと感情労働を掛け合わせることで、日本の働く人や生活する人にどのような可能性が広がっていくでしょうか?
関谷:他の情動知能との関連を調べた研究は数多くあるのですが、まずは一度EQと感情労働とどういう関連性があるのか、基本データを取りたいと考えています。双方の関係性をまず1回しっかりと分析してみたい。そのうえで、「介入」「改善」の指標としてEQを使っていくことが面白い気がします。
例えば、同僚どうしでのコミュニケーションの取り方をある方向に少しだけ変えてみることで、、EQもそれに連れて変わるのではないか。そういうものを時系列的、集団的に採って、「こういうことをやったら、EQのこの辺に変化が出た」、といった具体的な取り組みの参考になるような効果測定としてのEQなどが面白いと思います。

感情労働って結構もろい概念で、特に心理学の立場から見ると、学問的とか理論的には扱いにくいところがある。生まれが社会学な分、漠然としていて、定義も曖昧ですし、心理学のプロパーの方が見ると何を扱っているのかよくわからない、概念としてぐちゃぐちゃじゃないかという風に見られてもおかしくないんです。
でも、私が感情労働が面白いなと思うのは、それを「演技から見る」というところです。よく演じることができるためにはいい舞台が用意されていることが重要で、多分どこの職場でも本来、職場が舞台になるはずなんですよね。その観点で、演劇であればいい舞台や環境を用意するのは監督であり、職場ではマネージャーで、そこでは舞台のセッティングとか声掛けなどが重要なのではないか、と思います。

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