シリーズ「実践者」に聞く③ EQで、ソフトスキルを開発する -AGC株式会社

会社や組織でどのようにEQが導入・活用されているのか。その実践事例をご紹介する本連載。第4回は、「人財のAGC」で知られるAGC株式会社の事例です。 ガラス製品、化学品、建築材料、電子部材といった既存事業の競争力を高めながら、バイオ医薬品などの新事業を創出し続ける「両利きの経営」を実践する同社の人材育成で、EQはどのように活用されているのか。事業開拓部の内海和之さんにお話をお聞かせいただきました。
話し手のご紹介

 AGC株式会社
 事業開拓部企画管理グループ 内海和之さん
Q: まず内海様のご経歴と現在のお仕事についてお話いただけますか?
内海:1985年にAGC(当時旭硝子株式会社)に新卒で入社しました。建築用のガラスを扱う営業として大阪支店に配属、その後、液晶用のガラス、電子部材の営業を経て、2000年から人事部の能力開発チームという、全社の人財育成を担当する部署に社内のチャレンジキャリア制度を利用して異動しました。
人事部では、関係会社も含めた教育研修の企画運営、新卒やキャリア採用も担当し、2008年からは関係会社で総務人事や経理といった職能系業務全般の取りまとめ責任者も経験しました。2020年から現在の事業開拓部で、部内の人財育成を含む総務・人事関連業務を担当しています。

Q: どういった想いで人事部への異動を希望されたのでしょうか?
内海:1990年代後半頃でしょうか、チェンジ・リーダーやチェンジ・エージェントなどの言葉とともに、日本全体的に「変化」や「変革」といったことが、ビジネストレンドのようになっていました。AGCも、既存のガラスや化学品の事業だけではなく、将来の柱となる新規事業を立ち上げようという方針でした。
私自身は、当時電子部材の営業として新規事業の立ち上げに携わっていたこともあって、全社的な新規事業についても考えを巡らせていたわけですが、素材メーカーの新規事業というのは、ネタ探しから始めると10年20年があっという間に経ってしまい、正式に立ち上がり利益を生み出すまでにかなりの期間を要します。
私が新規事業に携わることができたとしても、多くて2つか3つだろうなと考えました。であれば、新規事業を立ち上げることができる人をたくさん育てる方が会社にとっては良いのではないか、と決断しました。

Q: EQをどのような対象に、どのように導入されたのでしょうか?
内海:ジャパンラーニングさんとの出会いは、2000年代の前半でした。はじめはEQそのものの導入ではなく、昇格して初めて部下を持つ、新任マネジメント研修を、EQ的な考え方を含めて実施してもらいました。
優秀なビジネスパーソンは、当然仕事の能力はなくてはならないものです。しかし、それだけではダメで、人としての品格や魅力、「あの人のようになりたい」と思ってもらったり、会社を離れても付き合いを続けたいと思ってもらったりするような、マネージャーを育てなければいけないと、考えていました。自分自身もそうなりたいと思っていたことから、EQにたどり着きました。

関係会社から事業部に戻ってきた後、担当者を直接部下に持つ中堅のマネージャーを対象に、生産性の向上をテーマにしたマネジメント研修を半年間かけて実施しました。ここでの生産性というのは、分母の「効率」ではなくて、分子の「付加価値」を上げることに重点を置いていましたので、メンバーのモチベーションを高めることを考えさせる施策として、EQを用いて研修を組み立てました。
研修後に、研修対象者の部下29名にアンケートを実施したところ、29名中20名が「半年前と比較してモチベーションが向上した」と回答しました。また、上司はどういう風に変化したか、という問いに対しては、「職場でいままで声をかけなかったアシスタントやデリバリー担当にも、積極的に声をかけるようになった」や、「自分の特性、特徴をみながら指導してくれるようになった」といったコメントが多くあり、EQの重要性を改めて考えさせられました。


Q: 昨今、「リスキリングの重要性」ということがよくいわれるようになりましたが、どちらかというとハードスキルに偏っていて、ソフトスキルはガラ空きになっているようにも思います。
内海:そうですね。当然ハードスキルの「リスキリング」は必要ですが、担うミッションや、自分が何をやりたいかによって学ぶ内容が変わってきます。必要なものを必要な時に、いかに短時間で習得できるか、という能力が重要です。一方で、何をするにも共通して求められるものが、EQ能力の開発や、強みを活かすといった部分かなと思います。
おっしゃる通り、ソフトスキルの領域は、リスキリングにおいてあまり重要視されていないようにも感じます。やはり成果が見えにくかったり、成果が出るまでに時間がかかったり、定性的にしか評価ができないと考えられているのではないでしょうか。
求められるのは自律型人財だ、と言われはじめて久しいですが、いまだに言われていますね。自律とは、自分で自分をコントロールする、自分の心に火をつけるといったことだと考えると、やはりカギになるのはソフトスキルであり、人間力やEQ開発が今一度見直されてもいいのかなと思います。

Q: 実際にEQを導入されて、その成果はどのように感じていらっしゃいますか?
内海:2021年11月から約30名が、EQを活用したソフトスキル開発に取り組み、8ヶ月くらい経過したところで、スコアが平均6ポイントほど向上しました。

特に自分本位から相手本位への行動変化。具体的には、「組織における自身の役割を認識し、その役割を果たそうとする行動」であるとか、「メンバーの成果発揮に貢献できるような働きかけを意識した行動」が増えています。また、内的自己意識も高まっているので、日々の振り返りもできるように変化しているようです。
フィードバック面談では、今回このスキル開発に取り組んだことで、メンバーへの理解が深まり、「人間関係において、いままでだったら起きていたようなコンフリクトを予防できている」といった声も聞かれました。
しかし、相手に対する働きかけ自体は増えているものの、そのコミュニケーションのスタイルは、「自分本位でクールとか冷たい印象を相手に与え」たり、「自分で決断することを避けている/敢えて決断しない」ところもEQスコアには表れています。これを、今後の課題として認識できたことは、大きな成果だと感じています。
また、年間を通して複数回のEQ測定を実施すると、組織としての行動特性の強み、弱みの傾向もある程度見えてくるのですが、「新規性のあることに果敢にチャレンジする姿勢」が強みとして表れている一方で、対人知性の一部の行動特性に課題があることがわかってきています。組織としての傾向がわかれば、目指すありたい姿とのギャップを埋めたり、強みを更に磨いていくための施策も考えやすくなるので、そういった活用も検討していきたいと考えています。

Q: EQを活用される中で、意識されていることはありますか?
内海:実務で役に立たない研修は意味がないと思っています。実務で困っていることの問題解決を支援したいという気持ちがありますので、EQ開発においても、1回測定して終わりというやりっぱなしではなく、1年間に4回測定と面談を行いました。少なくとも3回くらいはやらないと全員に届かないのかな、と感じています。
もちろん、中にはなかなか腑に落ちずに、前向きに取り組むことができない者もいます。本人をその気にさせることが難しいときには苦労をしますが、(ソフトスキルの重要性に)気づいてくれて、真摯に取り組んでくれているメンバーは、やはり見ていても変化がわかる、人として一皮むけたような印象を受けています。

Q: 最後に、改めてEQを通して感情と向き合うことについて、感じていることを教えてください。
内海:感情と向き合う、ということのキーワードとして、個人的には「深い」と「逃げない」という2つを挙げたいと思います。
感情は目に見えません。人は、見えないものにはどう対処したらよいかわからず、不安を感じてしまいます。自分の感情であっても、ちゃんと見えているか、把握できているかというと、必ずしもそうではありません。ましてや、相手の感情は言動からだけでは判断できない。だからこそ、理解しようと努力しなければなりません。
メンバーとの面談でも、単に話をきくことと、相手が今どんな感情で、どうしてそういう発言をしているのか感じ取ろうとして聞くことは違う。でも本当はそこまで理解しないと、深い人間関係とか信頼関係はつくれない、と感じています。そして向き合うということは、「相対する」わけですから、自分がどんな状態であっても、相手がどんな人であっても誠心誠意、覚悟をもって「逃げずに」対応しなければならない。


私はEQと出会って20年以上経ちますが、以前はメンバーのことをそんな風に考えることはできなかった。感情と向き合うことは簡単ではないからこそ、「深く」考え、「逃げずに」取り組まなければならないと考えています。
最後に、私はEQと出会って一番よかったなと思っているのは、実は家庭面なんです。EQは、自分にとっての大切な人との関係をよりよくしたいと思っている人にこそ役に立つものだと思いますね。
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